バンコク混声合唱団

泰国日本人会誌クルンテープ2004年12月号より転載

声の調子は?マーマーヨ

〜まもなくアジア男声合唱祭〜
男声合唱団マーマーヨ

それは鮮烈な文化祭デビューだった。

十九匹の無口なホッキョクグマのような一団は舞台下手からのっそりと登場してきた。全員が黄金色のタイ服に身を包んでいる。タクシン首相の影武者か?それにしては恰幅が良い者が多い。十月三十一日午後三時半。日本人学校西体育館。何とも言えない静けさが漂っている。一団は二列に並んで前を向いた。慎太郎刈りの若者が中央で背中を向けた。箸のようなものを持った手を頭上に掲げる。メンバーと目が合う。手を振り下ろす。

「もう〜し。もう〜し、柳河じゃ〜・・。」

こうして我らが男声合唱団「マーマーヨ」の日本人会文化祭初舞台は始った。歌は伴奏のないいわゆるアカペラだ。ピアノ伴奏がないのは資金不足からか?声に自信があるからか?もちろんそれもある(笑)が、伴奏なしでハーモニーの良さをじっくりと味わってもらうために男声合唱では、無伴奏はめずらしくない。

「柳河」は、組曲「柳河風俗詩」の中の一曲。北原白秋が故郷柳川で過した子供の頃の思い出を綴った詩に、男声合唱界でこの人の名を知らないとモグラ・・いやモグリだといわれる(もちろん私もマーマーヨに入る前は知るはずもなかった)多田武彦が曲をつけたものだ。

最初の曲が終わる。会場からは割れんばかりの拍手が・・・ええっ、ないではないか。なんとなんと客席は静かなままだ。どうしたのだろう?おかしい。メンバー最年少にしてマーマーヨ指揮者に就任したTの背中に冷たい汗が流れた。背後に感じる聴衆の鋭い視線。幸い日本での合唱団の先輩であり職場の上司でもある団員Iは日本出張中。前からIの厳しい眼差しが来ないことだけが救いだ。

しかたなく二曲目「閨窓夜曲」(ステンチェン)に入る。子守唄のような美しいメロディーのドイツの歌だ。うまくいった。今度こそ大きな拍手が・・ん、ない。どうなっとるんじゃ。全員の心の中に「不安」を通り超えた「恐怖」という文字が浮かび上がる。

納得できないうちに最後の曲「Huszt」。廃墟という意味の東欧の歌だ。最初は泣く子もぴたりと黙るベースの不気味さで入り、最後はテナー、バリトンが高らかに歌い上げる。予定の曲目はすべて終わった。ハンガリー語も(ふり仮名をうった人もいたが)何とか間違えずにこなしたぞ。今度はどうだ。耳を澄ませる。

「パチ。」「パチ、パチ」「パチ、パチ、パチ・・・」

ここで会場からはじめて大きな拍手が鳴り響く。ああよかった。これでようやく横山ホッとブラザースだ。で、一曲目二曲目の静寂は何だったんだ。後で歌ったバンコク混声合唱団には一曲ごとに大きな拍手が来たぞ。十津川警部や金田一少年ならこのトリックをどう暴くのか。

種明かしは・・ビデオを見れば歴然だった。観客は曲が終わったかどうか判断できなかったのだ。連続した曲かも、と理解して拍手のタイミングを外したのだ。

う〜む。この解決策は?難しい。マーマーヨでは直ちに「拍手対策委員会」を結成し、@一曲終わるごとに、指揮者が視聴者公開番組の舞台の端にいるFD(フロアディレクター)のように観客に向って手を回し、「拍手をお願いね。」というアピールをする。Aもしくは曲が終わったとたん指揮者の背中に「ここで拍手!」という垂れ幕を掲げる。などの案を検討している・・という話はまだ出ていない。

マーマーヨは日本人会文化部所属のバンコク混声合唱団(当会報六月号で合宿記を紹介)の中の、男声メンバー二十数名によって作られている。平均年齢は、各メンバーが自分の歳を発表していないので調査できない。推定五十歳前後か。しかし、「男の声は三十歳すぎて初めて大人になる。」というのがマーマーヨ世話人兼混声合唱団技術委員長Fの名言である。とすると、マーマーヨの「合唱年齢」の平均は二十歳となる。まさに歌い盛り。「合唱の青春時代」だ。

中には合唱暦四十年というツワモノもいるが、合唱は初めてのシロウトまたは歌うのは学生時代以来久しぶりといったカムバック組も多い。「妻とともに入団している混声合唱はもちろん楽しい。しかし男だけの解放感の中で歌う男声ハーモニーには違った魅力を感じる」というメンバーも結構いる・・はずだ。(ここのところ慎重な言い回しをしないと家庭不和のもとになるので要注意!。)

マーマーヨの結成はほぼ一年前。もともと混声合唱団の演奏会では、男声だけでも小曲を披露していた。夏のコンサートの打上げで、「独立して本格的に男声コーラスもやろう。」という声が沸きあがった。楽しいことだけはすぐに実行するという団の哲学で一気に結成の方針が決まった。ちなみに「マーマーヨ」という名は、ご想像通り世界的チェリストであるヨーヨーマをもじったものである。(ご本人は知りませんので、決して言わないでくださいね。)ユーモアあふれた指揮者K(すでに帰国)が徹夜の末に思いつき、他に良い名前がなかったことでずるずると決まった。

練習場所は、ソイ三十九のたけのこ幼稚園。子供のいない土曜日の夕方、混声合唱団の練習の後に「残業勤務」として行われる。演奏会前には「休日出勤」=団員の家を借りての特別練習もある。もちろん時間外手当はつかない。好きなゴルフをした後も飲み会は我慢する。そして歌うために駆けつけるという団員も多い。(これを「歌に生き、球に生き」という。)当然、歌った後には、メンバー間で「反省会」と称してビールでのどを湿らせるので、ゴルフ後に飲めなかった分を一気に取り返せることは保証する。(そこまでして飲みたいか!)

最初の大きな舞台は二〇〇四年二月の混声合唱団定演だ。マーマーヨとして前述の巨匠多田武彦の組曲「雨」を披露。続く六月にはファミリーコンサートの中で、南安雄の「子供の詩」全九曲を歌い上げた。その勢いで打ち上げでは一気に爆笑替え歌の「子供の詩〜ゴルフ編〜」を公開、大向をうならせた。この「マーマーヨ替え歌プロジェクト」は、団員の結束にとって画期的な役割を果たした。日頃は指揮者の命令にただ従う「指示待ち団員」が、突然、我も我もと積極的に替え歌を提案。「仕事は大丈夫なの?」という苦情が家族から出るほど替え歌作りで疲労困憊する団員や、歌詞を評価してもらうため深夜に突然家族会議を開く団員まで出る始末だった。しかし、この時ほど団員同士が生きる喜びを感じながらひとつの目的に集中し、連帯感を味わったことがあっただろうか。(「あほっ、連帯すべきは本番の合唱や!」という声は?・・なかった。)

こうした硬軟とりまぜた実績をこつこつと積み重ねながら、「一人立ちしても立派にやっていけそう。」という女声陣の信用を獲得、今回の日本人会文化祭でのマーマーヨ単独ステージが実現したのであった。

ただし、ここに至る道はけっして平坦なものではなかった。団員間に乗り越えなければならならなかった深刻な「箱根の山」があったのだ。

文化祭を前にした週末の休日、スクムビットにあるO邸にメンバーが結集した。特別練習のためだ。いわゆる「ソイ二十四事件」はここで勃発した。広島湾のカキのようにおとなしい性格?のマーマーヨメンバーにとって、はじめての自己主張ともいえる激しい対立だった。まさに議論は一触即発、旗色鮮明、源平合戦。出席者の多数決をとっても八対八と同数になった。「絶対に譲らない」という遺産分けさながらの雰囲気が部屋に漂う。それまでなごやかに麦茶を運んでくれていたO家の奥さんも気配を察してそそくさと姿を消してしまった。「ああ、こういう時は中国共産党政治局の定数のようにメンバーが奇数だったら良かったのに。」と、先人の知恵が頭をめぐる。マーマーヨは結成一年で、このまま「マー」と「マーヨ」に分裂してしまうのか、無念じゃ。と、その時、玄関でチャイムが鳴った。
「ピ〜ンポ〜ン」。

皆の間に安堵の雰囲気が流れる。救世主きたる。遅れてやってきた重鎮Mの明るい一言がマーマーヨを分裂の危機から救ったのであった。

「そりゃあ金(ゴールド)だよ。」

こうして文化祭ではじめて披露するユニフォーム=タイ式半袖ジャケットの「色」を巡る前代未聞の対立は、あっさりと決着したのであった。文化祭が行われた体育館の舞台の緞帳の色は濃紅。終わってみれば黄金色のユニフォームは見事にその背景に映えたのだった。(今月号掲載の文化祭出場写真参照。)ちなみにもう一つの服の候補の色は緞帳と同じ濃紅色。あのとき最終的にMがこの色を選んでいればマーマーヨの名はおそらく「カメレオン」に変わっていただろう。めでたし、めでたし。この事件を機会にマーマーヨメンバーの団結は一層深まっていくのであった。(・・ちょっと盛り上げすぎ?)

さて、男声合唱団マーマーヨ当面の目標。それは、来る二月十二日にタイ文化センターで予定している第一回の「アジア日本人男声合唱祭」だ。バンコクのマーマーヨのほか、クアラルンプール、マニラ、ジャカルタそれに香港というアジア五つの都市から日本人男声合唱団が一同に集まる。東南アジアの日本人社会始まって以来という山田長政もびっくりの画期的な合唱イベントだ。

母体のバンコク混声合唱団も当然「友情出演」する。日本からマーマーヨOBも駆けつける。カンボジアから個人で加わる人もいる。各地の合唱団がそれぞれの持ち歌を歌うほか、総勢七十名が合同で「野ばらの花」など四曲を披露する。ホスト役のマーマーヨとしても、この合唱祭を失敗させるわけにはいかない。一月中旬にはチャオプラヤー川に向かって歌う強化合宿を混声で予定。また、合同合唱の指揮者K氏(クアラルンプール在住)による巡回指導も受けることになっている。

読者の皆さん、これを聴き逃す手はありません。この機会にご家族や職場のタイ人の皆さんもご一緒に、男声合唱の世界を堪能してみてはいかがでしょうか?その節には、何とか一曲ごとに暖かい拍手を!

最後に。アジア日本人男声合唱祭に続いて、三月六日(日)には同じタイ文化センターでバンコク混声合唱団の定期演奏会が予定されています。これが終わると、「卒業」の季節。この時期かなりの団員が会社の転勤などで日本に帰ってしまいます。(まだ人事発令がない人については、団の幹部が各社の人事部に電話して取り消し交渉をするという案も・・飲み会の席だけで出ている。)

団員に駐在員が多いので、年間に三分の一は卒業します。一方で、また新しいメンバーにあえるという喜びもあります。つい最近入ったばかりの人が、もう何年も前からいたような顔をして、歌って、そして飲み会に加わっています。マーマーヨの団員の半数以上は、夫婦で混声合唱団にも入っています。倦怠期の人→夫婦の会話が充実します。退職目前の方→老後に夫婦共通の趣味ができます。独身・単身の方→練習後にワイワイ楽しく夕食を食べられます。子供の音楽の成績に悩んでいる方→高度な発声技術を子子孫孫に伝えることができます。

ということで新メンバー募集中。「あなたも一日で合唱団員になれる!」という秘密兵器=各パート別音とりテープも好評配布中です。詳しくはバンコク混声合唱団・マーマーヨのホームページをご覧ください。

それでは、二月十二日(土)の午後、タイ文化センター小ホールでおあいしましょう。(原田B 記)

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